以前、伊藤幾子市議が、「愛子様」報道についてブログで書いていたことがあったが、今日は我が家では、「悠仁様」報道が話題に。(今日が誕生日とのことで・・・)
うちの娘は、「さま」でなくて「さん」でいいと。なんで「さま」なのか?と。天皇だけぇって、おかしいが~と。
私はそのとおりと思った。
子どもたちは、学校で「みんな平等」にとか、「差別はだめだよね」ってせっかく学んでいるのに、「大人」がたれながす、テレビでの一方的な「さま」報道は、せっかくのこうしたこどもたちの学びを打ち消すようだ。
その後、うちの娘は、伊藤保議員からもらったプチトマトのお礼の手紙を書き、「悠仁さま」報道と対比するように(か?)、「保さま」といっていた。なるほど!
そうなんでしょうネ。自分にとって相手がどういう存在かによって、よび方は変わるもの。
そう思うと、特定の人物だけ、公共の電波を使って、国民に対して、「さま」をおしつけるのは、いかがなものか?と思った次第です。






2010年9月7日 - 9:48 PM
>子どもたちは、学校で「みんな平等」にとか、「差別はだめだよね」ってせっかく学んでいるのに、「大人」がたれながす、テレビでの一方的な「さま」報道は、せっかくのこうしたこどもたちの学びを打ち消すようだ。
それは、日本共産党の党名にしても同じ事だと思います。
学校では先生が子どもたちに「差別はいけません」などと教えるのに、政治の世界では大人たちが「共産党」の党名への差別をしますからね。「なぜ党名を変えないのか?」なんて質問をする事自体が、党名への差別そのものなんですよ。
国政選挙で日本共産党の議席が伸びなかったら「いい加減に党名を変えたら?」とか言う人がいるけど、落ち着いて考えたら日本共産党だけが審判の対象ではないんですよ。
党名を変えない日本共産党が「意固地になっている」ように見える人もいるんでしょうけど、国政選挙で日本共産党の議席が伸びなかったら、国政選挙期間中にマスコミがどんな選挙報道をしていたのか?他党が何を訴えていたのか?日本共産党が何を訴えていたのか?などについて振り返るべきであって、党の名前なんて関係ないんですよ。
「『共産党』を名乗って政権に就いたら独裁政治をやらなきゃいけないのか?」
「『共産党』を名乗って政権に就いたら『国民が主人公』の政治をやってはいけないのか?」
そんな疑問も思い浮かびます。
結局、差別を助長しているのは大人たちなんですよね。
2010年9月9日 - 12:54 AM
私も、最初っから差別ってあるわけじゃないと思います。子どもたちって真っ白ですもの。白い画用紙にいろんな影響をうけながら、絵を描いていくのだと。大人の発信するメッセージから受ける影響は大きい。私は、偏見や差別をふりまくような大人になりたくないって思っています。